ミケポチャと呼ばれていた我々が40kgテーブルになるまでに

わたしは一時期ミケちゃんと呼ばれていたことがあります。友達にはそこまで無いから!と言っていたのですが、本当はウエイトが3桁ありました。コイツ、ミケポチャって言われているんですよね。そのためミケちゃん。普通にしているとわからないのですが、中にはふれこみの意味を知っていてやっと知り合ったヒトにミケちゃんってことは3桁起こるの~?なんておっしゃることもありました。

そういったわたしが破格ダイエットに成功したのは、年下で美少年な旦那って結婚したからです。亭主は見た目は細かく若い子が好きなのですが、愛の方が最優先で狙いという愛は違うよと言ってくれるような優しい人。私の内訳を見て好きになってくれました。あんなダディーに甘えてしまい、結婚してからは余計に太ってしまった時季も。けれども、大好きだからかわいがりてるから一緒に長寿したいねと言ってくる。おかげでヘビースモーカーだったのですが禁煙することが出来ました。

それからは、自然にシェイプアップが始まりました。ごはんは好きなのでこんにゃくごはんにしたり押し麦をがっちり入れて麦ごはんにしたり。主食をカットしたスポット体重が減り動き出し、それからは膠着期に入る度に違うテクを少しずつ足す結果3時世で50kgも痩せたんですよ。肌のハリがなくなって目の下にしわが出来やすくなった。

長生きすることがあんまり良いことは限らない。

ほとんど考えたくはないけれど、介護不具合は誰にでもかかわって現れる深刻な問題ですよね。

とにかく今から気が重いのは義両親の介護だ。いずれは義実家で同居することになってあり、奥様です自身に介護の痛手がのしかかってくることを考えるとメランコリーだ。

出来ることなら義両親の介護から逃れたいですが、元気なうちはともかく、年老いて動けなくなった義両親を差し置く事情にもいかないだろうし、切りたくても切れない動揺だ。自分の両親の介護ならば、育ててもらった恩があるので勿論介護する気持ちでいますが、義両親となるとやっぱ難解だ。

私の女房は、父方の祖先(女房からすると舅)の介護を独力でしていました。当時中学だった自身は家庭を手伝うくらいで介護を手伝うことはあまりなく、おとうさんも労働でいつもいないし、おとうさんの姉たち随分と言って良いほど介護に協力しなかったので女房は実際大変だったと思います。

最初の時分は在宅で介護を通じていたのですが、だんだん祖先は右往左往をするようになり、側へ勝手に出かけたは良いものの、今度は帰れなくなり近所の顧客から電話をもらい迎えに行ったりと、しだいに住まいだけで介護するのは難しくなってきました。そうして悩んだ後半、祖先をクリニックに含めることにしました。

祖先が施設に入った結果女房もとっても楽になり、進め方に余剰ができたようです。各週後半、私たち家族みんなで祖先に会いに行きました。

こういうタイミング思ったのは、無理に在宅介護にはまるのでなく、施設によることも生ですなと思いました。そうして女房いつも「介護は絶対に独力でしてはいけない。必ず誰かに協力してもらいなさい。」と言います。

確かにそうですよね。女房は極めて苦労したのだと思います。私も義両親の介護をするときは、義兄弟という協力しあって行くべきなのでしょうけど、それはそれで気が重いだ。

そしたら、仮に自分の両親といった義両親の介護が重なったからには大変なと思います。義両親は、私の両親よりも10年齢ほど年上なので、できるなら順番に介護できれば助かりますが、じつはどうなるかわかりませんよね。

元気で長寿なのはいいことな反面、介護講じる側に痛手が凄まじくのしかかるのも問題です。介護やる私たちだってだんだん年齢を盗るわけですからね。ハイドロキノンには、どんな効果があるの?副作用はないのかしら?